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Author:キャッピー母
大学生のアニ(長男)
脳腫瘍(頭蓋咽頭腫)による汎下垂体機能低下症のキャッピー
「オヤジのような母」の私
3人家族の日常だったり、愚痴だったり、ミーハー話だったり・・・イロイロです。

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2012-04-18 Wed  00:25
支えがあっての自宅看取り


私の母はホスピス病棟にいましたが、本人の自宅に帰りたいという希望で
週に3度の訪問看護と週一度の訪問診療を受けながら
最期までの2ヶ月強を自宅で過ごしました。

母にとっての最後のクリスマス、お正月、息子の誕生日、私の誕生日を自宅で一緒に過ごせました。

このクリニックの助けがなければ、自宅で看取るということは不可能だったでしょう。

このクリニックは何度も地元TVでも取り上げられています。
番組の中で「末期がん患者が自宅で最期を迎えるのは 2パーセント」とありました。
そのわずかな数字の中に入れたのは、本当に数奇なことだったのかもしれません。

看護師さんたちは本当に献身的に母を診てくださいました。
状態が悪くなると 私より先に泣いてくれました。
少し持ち直すと 一緒に喜んでくれました。

母のケアだけでなく、私たち家族の精神的なケアもしてくれました。
私たちの心に寄り添い、支えてくれました。

医師である 先生はたった一人ですべての事に対応していました。
時に感情的になる家族にも 冷静に真摯に向き合ってくださいました。
スーパードクターとして日の目をみる分野の医師ではないのだろうけれど、私たちにとっての
まさにオールマイティーのスーパードクターでした。

週に3度の訪問看護も、最期が近づくと 毎日来てくれて・・・。
本当に本当に心から感謝しています。


浪人中で最後の追い込みのときに、家がバタバタしていて力を発揮できなかった息子。
仕事をしている私の代わりに、私が眠れるよう夜の看護を引き受けてくれた娘。
東京から来て、リンパマッサージをしたり母に付きっきりだった弟。
いつも母の食べやすいものを作って持ってきてくれた叔母。
仕事が忙しい中も時間があれば来てくれた従妹。
みんなの支えもあって、母の最期をみんなで迎えました。

母の最期が近づいていると皆が感じ、ベッドのまわりで最初はみんなが号泣していたのだけれど
下の弟の発案で、いつもと同じように母のベッドを囲みみんなで乾杯しました。
母もスポンジでビールを口に含み「おいしい?」との問いかけに しっかりとうなずき
それから間もなく旅立っていきました。

病院では、きっとこんな最期を迎えられなかったでしょう。

一周忌も過ぎました。
この一年、私にとっても激動の時間でした。
姓も旧姓に戻しました。

両親がともに逝ってしまい『娘』というカテゴリーから卒業なのかな。
なかなか出来ないんだけど。
でも、無理に意識してするんじゃなく 自然体でいきます。
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